Other Translations: Deutsch , English , Français

From:

PreviousNext

Aṅguttara Nikāya 1 増支部経典 一集

31. Amatavagga 第三十一 死の無い事(不死品)

616

“Amataṁ te, bhikkhave, na paribhuñjanti ye kāyagatāsatiṁ na paribhuñjanti. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を楽しまない者は、死の無い事を楽しみません。

Amataṁ te, bhikkhave, paribhuñjanti ye kāyagatāsatiṁ paribhuñjantī”ti. 体を心に留めている事を楽しむ者は死の無い事を楽しみます。」

617

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, aparibhuttaṁ yesaṁ kāyagatāsati aparibhuttā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を楽しんでいない者は、死の無い事を楽しんでいません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, paribhuttaṁ yesaṁ kāyagatāsati paribhuttā”ti. 体を心に留めている事を楽しんだ者は死の無い事を楽しみました。」

618

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, parihīnaṁ yesaṁ kāyagatāsati parihīnā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を失ってしまった者は、死の無い事を失ってしまいました。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, aparihīnaṁ yesaṁ kāyagatāsati aparihīnā”ti. 体を心に留めている事を失っていない者は死の無い事を失っていません。」

619

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, viraddhaṁ yesaṁ kāyagatāsati viraddhā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を経験し損なった者は、死の無い事を経験し損ないました。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, āraddhaṁ yesaṁ kāyagatāsati āraddhā”ti. 体を心に留めている事を経験し損なっていない者は死の無い事を経験し損なわっていません。」

620

“Amataṁ te, bhikkhave, pamādiṁsu ye kāyagatāsatiṁ pamādiṁsu. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事に怠慢になってしまった者は、死の無い事に怠慢になってしまいました。

Amataṁ te, bhikkhave, na pamādiṁsu ye kāyagatāsatiṁ na pamādiṁsu”. 体を心に留めている事に怠慢になっていない者は死の無い事に怠慢になっていません。」

621

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, pamuṭṭhaṁ yesaṁ kāyagatāsati pamuṭṭhā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を忘れてしまった者は、死の無い事を忘れてしまいました。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, appamuṭṭhaṁ yesaṁ kāyagatāsati appamuṭṭhā”ti. 体を心に留めている事を忘れていない者は死の無い事を忘れていません。」

622

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, anāsevitaṁ yesaṁ kāyagatāsati anāsevitā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を磨いていない者は、死の無い事を磨いていません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, āsevitaṁ yesaṁ kāyagatāsati āsevitā”ti. 体を心に留めている事を磨いた者は死の無い事を磨きました。」

623

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, abhāvitaṁ yesaṁ kāyagatāsati abhāvitā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を発達させていない者は、死の無い事を発達させていません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, bhāvitaṁ yesaṁ kāyagatāsati bhāvitā”ti. 体を心に留めている事を発達させた者は死の無い事を発達させました。」

624

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, abahulīkataṁ yesaṁ kāyagatāsati abahulīkatā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を練習していない者は、死の無い事を練習していません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, bahulīkataṁ yesaṁ kāyagatāsati bahulīkatā”ti. 体を心に留めている事を練習した者は死の無い事を練習しました。」

625

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, anabhiññātaṁ yesaṁ kāyagatāsati anabhiññātā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事に見識を得ていない者は、死の無い事に見識を得ていません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, abhiññātaṁ yesaṁ kāyagatāsati abhiññātā”ti. 体を心に留めている事に見識を得た者は死の無い事に見識を得ました。」

626

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, apariññātaṁ yesaṁ kāyagatāsati apariññātā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を完全に理解していない者は、死の無い事を完全に理解していません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, pariññātaṁ yesaṁ kāyagatāsati pariññātā”ti. 体を心に留めている事を完全に理解した者は死の無い事を完全に理解しました。」

627

“Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, asacchikataṁ yesaṁ kāyagatāsati asacchikatā. 「托鉢僧侶たちよ、体を心に留めている事を実現させていない者は、死の無い事を実現させていません。

Amataṁ tesaṁ, bhikkhave, sacchikataṁ yesaṁ kāyagatāsati sacchikatā”ti. 体を心に留めている事を実現させた者は死の無い事を実現させました。」

(…) 一つにまつわる千の教えはこれで終わりです。

Idamavoca bhagavā. このようにブッダは言いました。

Attamanā te bhikkhū bhagavato bhāsitaṁ abhinandunti. 托鉢僧侶たちは、ブッダの言った事に満足し嬉しく思いました。

(Amatavaggo.)

Ekakanipātapāḷi niṭṭhitā. 一集 終わり
PreviousNext