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Aṅguttara Nikāya 2 増支部経典 二集

3. Bālavagga 第三 愚か者 (愚人品)

21

“Dveme, bhikkhave, bālā. 「托鉢僧侶たちよ、これら二人の愚か者がいます。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Yo ca accayaṁ accayato na passati, yo ca accayaṁ desentassa yathādhammaṁ nappaṭiggaṇhāti. 間違いを犯した時にそれを自覚しない人と、間違いを犯した人の告白を受け入れない人です。

Ime kho, bhikkhave, dve bālāti. これらが二人の愚か者です。

Dveme, bhikkhave, paṇḍitā. 托鉢僧侶たちよ、これら二人の賢明な人がいます。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Yo ca accayaṁ accayato passati, yo ca accayaṁ desentassa yathādhammaṁ paṭiggaṇhāti. 間違いを犯した時にそれを自覚する人と、間違いを犯した人の告白を受け入れる人です。

Ime kho, bhikkhave, dve paṇḍitā”ti. これらが二人の賢明な人です。」

22

“Dveme, bhikkhave, tathāgataṁ abbhācikkhanti. 「托鉢僧侶たちよ、これら二人は悟った方を偽って伝えます。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Duṭṭho vā dosantaro, saddho vā duggahitena. 憎しみを持つがそれを隠している人と間違った信じ方をしている人です。

Ime kho, bhikkhave, dve tathāgataṁ abbhācikkhantī”ti. これら二人は悟った方を偽って伝えます。」

23

“Dveme, bhikkhave, tathāgataṁ abbhācikkhanti. 「托鉢僧侶たちよ、これら二人は悟った方を偽って伝えます。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Yo ca abhāsitaṁ alapitaṁ tathāgatena bhāsitaṁ lapitaṁ tathāgatenāti dīpeti, yo ca bhāsitaṁ lapitaṁ tathāgatena abhāsitaṁ alapitaṁ tathāgatenāti dīpeti. 悟った方によって話されなかった事を悟った方によって話されたと説明する人と、悟った方によって話された事を悟った方によって話されなかったと説明する人です。

Ime kho, bhikkhave, dve tathāgataṁ abbhācikkhantīti. これら二人は悟った方を偽って伝えます。

Dveme, bhikkhave, tathāgataṁ nābbhācikkhanti. 托鉢僧侶たちよ、これら二人は悟った方を偽って伝えません。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Yo ca abhāsitaṁ alapitaṁ tathāgatena abhāsitaṁ alapitaṁ tathāgatenāti dīpeti, yo ca bhāsitaṁ lapitaṁ tathāgatena bhāsitaṁ lapitaṁ tathāgatenāti dīpeti. 悟った方によって話されなかった事を悟った方によって話されなかったと説明する人と、悟った方によって話された事を悟った方によって話されたと説明する人です。

Ime kho, bhikkhave, dve tathāgataṁ nābbhācikkhantī”ti. これら二人は悟った方を偽って伝えません。」

24

“Dveme, bhikkhave, tathāgataṁ abbhācikkhanti. 「托鉢僧侶たちよ、これら二人は悟った方を偽って伝えます。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Yo ca neyyatthaṁ suttantaṁ nītattho suttantoti dīpeti, yo ca nītatthaṁ suttantaṁ neyyattho suttantoti dīpeti. 解説が必要な経文を意味が明確な経文だと説明する人と、意味が明確な経文を解説が必要な経文だと説明する人です。

Ime kho, bhikkhave, dve tathāgataṁ abbhācikkhantī”ti. これら二人は悟った方を偽って伝えます。」

25

“Dveme, bhikkhave, tathāgataṁ nābbhācikkhanti. 「托鉢僧侶たちよ、これら二人は悟った方を偽って伝えません。

Katame dve? どの二人でしょうか。

Yo ca neyyatthaṁ suttantaṁ neyyattho suttantoti dīpeti, yo ca nītatthaṁ suttantaṁ nītattho suttantoti dīpeti. 解説が必要な経文を解説が必要な経文だと説明する人と、意味が明確な経文を意味が明確な経文だと説明する人です。

Ime kho, bhikkhave, dve tathāgataṁ nābbhācikkhantī”ti. これら二人は悟った方を偽って伝えません。」

26

“Paṭicchannakammantassa, bhikkhave, dvinnaṁ gatīnaṁ aññatarā gati pāṭikaṅkhā—「托鉢僧侶たちよ、自分の悪い行いを隠すと二つの運命のうちの一つが予想されます。

nirayo vā tiracchānayoni vāti. 地獄か動物界です。

Appaṭicchannakammantassa, bhikkhave, dvinnaṁ gatīnaṁ aññatarā gati pāṭikaṅkhā—自分の悪い行いを隠さないと二つの運命のうちの一つが予想されます。

devā vā manussā vā”ti. 神か人間です。」

27

“Micchādiṭṭhikassa, bhikkhave, dvinnaṁ gatīnaṁ aññatarā gati pāṭikaṅkhā—「托鉢僧侶たちよ、間違った物の見かたをすると二つの運命のうちの一つが予想されます。

nirayo vā tiracchānayoni vā”ti. 地獄か動物界です。」

28

“Sammādiṭṭhikassa, bhikkhave, dvinnaṁ gatīnaṁ aññatarā gati pāṭikaṅkhā—「托鉢僧侶たちよ、正しい物の見かたをすると二つの運命のうちの一つが予想されます。

devā vā manussā vā”ti. 神か人間です。」

29

“Dussīlassa, bhikkhave, dve paṭiggāhā—「托鉢僧侶たちよ、不道徳的な人を二つの場所が待っています。

nirayo vā tiracchānayoni vā. 地獄と動物界です。

Sīlavato, bhikkhave, dve paṭiggāhā—道徳的な人を二つの場所が待っています。

devā vā manussā vā”ti. 神界と人間界です。」

30

“Dvāhaṁ, bhikkhave, atthavase sampassamāno araññavanapatthāni pantāni senāsanāni paṭisevāmi. 「托鉢僧侶たちよ、人里離れた未開拓地や森にある居住場所によく行く事には二つの理由があると見ます。

Katame dve? どの二つでしょうか。

Attano ca diṭṭhadhammasukhavihāraṁ sampassamāno, pacchimañca janataṁ anukampamāno. 現在の人生での幸せと未来の世代への同情心です。

Ime kho ahaṁ, bhikkhave, dve atthavase sampassamāno araññavanapatthāni pantāni senāsanāni paṭisevāmī”ti. 人里離れた未開拓地や森にある居住場所によく行く事には二つの理由があると見ます。」

31

“Dve me, bhikkhave, dhammā vijjābhāgiyā. 「托鉢僧侶たちよ、これら二つの事は悟りを得るのに役立ちます。

Katame dve? どの二つでしょうか。

Samatho ca vipassanā ca. 平静さと洞察力です。

Samatho, bhikkhave, bhāvito kamatthamanubhoti? 平静さを発達させる利点は何でしょうか。

Cittaṁ bhāvīyati. 心を発達させます。

Cittaṁ bhāvitaṁ kamatthamanubhoti? 心を発達させる利点は何でしょうか。

Yo rāgo so pahīyati. 貪欲さが捨て去られます。

Vipassanā, bhikkhave, bhāvitā kamatthamanubhoti? 洞察力を発達させる利点は何でしょうか。

Paññā bhāvīyati. 智慧を発達させます。

Paññā bhāvitā kamatthamanubhoti? 智慧を発達させる利点は何でしょうか。

Yā avijjā sā pahīyati. 無知が捨て去られます。

Rāgupakkiliṭṭhaṁ vā, bhikkhave, cittaṁ na vimuccati, avijjupakkiliṭṭhā vā paññā na bhāvīyati. 貪欲さで汚染された心は解放されておらず、智慧は無知で汚染されていたら発達しません。

Iti kho, bhikkhave, rāgavirāgā cetovimutti, avijjāvirāgā paññāvimuttī”ti. このように、貪欲さが消えて失くなると心の解放があり、無知が消えて失くなると智慧による解放があります。」

Bālavaggo tatiyo.
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